1.『男の作法』池波正太郎 新潮文庫

池波正太郎、チップをやることから関連して男を磨くことについて語る

今度、タクシーに乗ったときにだね、やってごらんなさい。


(中略)


そうすれば、その人がその日一日、ある程度気持ちよく運転できるんだよ。


(中略)


みんながこういうふうにして行けばだね、
一人がたとえ百円であっても、
世の中にもたらすものは積みかさなって
大変なものになるわけだよ。
どんどん循環してひろがって行くんだからね。


(中略)


ということは、根本は何かというと、
てめえだけの考えで生きていたんじゃ駄目だということです。
多勢の人間で世の中は成り立っていて、
自分も世の中から恩恵を享けているんだから、
「自分も世の中に出来る限りは、むくいなくてはならない」と。
それが男をみがくことになるんだよ。


(中略)


ただ「ありがとう」だけじゃ駄目なんだよ。
まあ、駄目ということもないけれども、
ただ「ありがとう」なんて言うのは
だれだって安売り出来るんだから、ことばだけは。


そこへ百円を出すことによって、
ああ、この人はほんとに、「ありがとう」と言っているんだ
ということがわかるわけなんだよ。
その百円は、その人が身銭を切って出したものでしょう。
だから、運転手に気持ちが通じる。
そこに意味があるということですよ、たとえ百円であってもね。


ペイ・フォワードみたいな感覚でしょうか。
私はまったくできていないことなんだけど、社会に出てから、
こういう感覚が本当に大切だと実感しています。
てめえだけで生きてるわけではないですからね。